CLASS REPORT

Vol.101 2010/06/13 斎籐統 / 実業家JAPAN CONTENTSFASHION

Vol.101 2010/06/13

Think Global,Act Japanese vol.2

開催日時

2010/06/13(日) 14:00〜16:00

日本が世界に影響を与えたファッション

■バックレポート■
Think Global,Act Japaneseシリーズ2回目のゲスト、実業家 斎藤統氏がDAY STUDIO★100に登場!
本講座では、「海外進出を検討している方の参考になれば」との斎藤氏のご好意により、昨年斎藤氏が参加されたトークセッションの内容が納められた冊子『欧州でデザイナーズブランドを成り立たせるための方策』を参加者の皆さんへプレゼントさせていただきました。
ヨーロッパを拠点に活躍をされ、「Yoji YamamotoやIssei Miyakeをはじめとした日本のブランドの海外進出を成功に導き、海外のデザイナーや企業とも仕事をされる斎藤氏により、数々の実体験や見解を基に、『海外視点での日本』『今考えるべき(動くべき)日本の課題』について、お話をいただきました。
ここでは、そのトーク内容の一部をお届けします。

□生活文化
世の中には必ず“違い”があります。デザインの仕事をしていようが、他の仕事をしていようが、基本的な生活文化というものがあり、僕はそれはとても大事な事だと思っています。
日本人としてのベーシックなカルチャー。だけどそれだけじゃない。
海外に出て行く人達にいつも僕が言うのは、「まず他の事を知ると同時に、受け入れていくチカラを持たないと駄目だよ。」という事。
渡仏して38年目。長い時間の中で得てきたものは、フランス・ヨーロッパの文化、考え方。苦労した事もあるし、自然と身につけた事もあるしと、段々と学んでいって、自分のものになった。それがある事で、フランスではフランスの“やり方”に併せられるし、日本でも然り。勿論、基本的なコミュニケーションをとる上で、言葉は重要です。だけど、大事なのは言葉だけじゃないと思っています。
自分が『こうでなきゃいけない』と思っていた事が、全く逆転した時に、貴方はどう思えるか。
ひとつの決められた中にいるのはとても安心できる事です。例えば自分の家族や仲間だったり、地区であったり。ですがそれを切り開いて違う場に身を置く事は、とても勇気と努力が要ること。
今回の帰国では久しぶりに日本に長くいて色んな事を見ていると、楽しい事も多いが、なんとなく違和感を感じてきた部分がある。この違和感は何だろうと分析していくと、ある意味“開かれて無い限られた世界”というのを日本に感じるのです。
□固定概念や価値観
海外と日本の思い込みは、価値観の種類が違う。解り易いところで言うと食べ物。例えば海外の人の多くは、生き造り等の目の前でさばいた魚を食べるなんて信じられないと言う人が多いのですが、海外の市場に行くとウサギが皮を剥いで吊るしてありますよね。この様に残酷と思う感覚も違う。こういう概念や価値観とは、自分が今まで育ってきた生活環境において、『最終的にどう思うか』という事にあると思います。
そしてそれはファッションの世界にも同じ事が言える。
日本の最近の傾向を見ていると、どうもひとつの形にはまっている所があって、時々、自由な発想が無いなぁと思うことがあります。
日本と海外の教育の違いでも、例えば海外では、講師がテーマを黒板に書き、このテーマについて1週間後にまとめて提出するように、という感じ。それが日本では、まずこのテーマはこういうものですよ、という説明から授業を始める事が多いようです。そこでまず一旦概念が統一されてしまいますよね。
例えば「貴方にとってスカートって何なんですか?」「何故そう思うのですか?」自分自身に問いかけをしていく事で、その人それぞれの概念が出来てきて、それが型にはめない考え方に繋がるのではないでしょうか。
日本人の作品や環境をみていると、デザイン力は凄くいいモノを持っているのに、どこかで型にはまろうとする傾向があって、外れていく事を好ましく思わないような、ある規定の中にはまっていないと上手く出ていけない、そんな感じがする。
「自由な発想」と言葉で言うのは簡単。ですが、自由な発想というのは、どこまで今までのものを捨て去れるかという事でもあり、それには別の概念が入ってこないと捨て去れない事はいっぱいあると思うんです。じゃあどうするとなった時に、僕がよく言うのは、短くても良いから海外に身をおいてみること。安心と逆の選択をしてみる事です。それがたとえどんな経験であっても、自分の価値観がはまらない所に身をおいてみるという経験は大切だと思います。
□パリとミラノ、世界の中の日本
ファッションにおいてパリという存在の大事さは、世界に発信するチカラ。ミラノとパリの違いを一言でいうと、ミラノはビジネスありき。ブランドには背景に大手の企業や縫製工場がついている。パリはまず大事なのはクリエイティビティ。クリエイティブと言うことに対してとても敏感。
ところがバイヤーの視点はまた少し違って、“ビジネス”“クリエイティビティ”どちらでも良くて、売れるものが欲しい、という事なのです。
リーマンショック以来、残念ながらショーに参加するアメリカ人が減ってきた。あらゆる事が起こった昨今の時代背景の中、経済破綻等のニュースもよく耳にし、どのレートでやるべきかというアドバイスは非常に頭を抱えるところ。
今はアジアが世界的に非常に活気があるが、中でも今は上海に勢い・活気がある。
日本もどうにか国レベルで、日本として世界に挑むひとつのまとまりを持っていけるようなシステムをつくっていかないとと思っている。
作り手は、『自分がやっている事が世界に通用するのか、日本だけでなく世界に認められるのか』と言う事を意識する事も大事です。
縦糸があっても横糸がなければ生地にならないように、日本は個々と国との関係性を上手く融合させていく必要があると思っています。

□移りゆくこと、変わらないこと
モノをつくるということにおいて、ムッシュ・ディオールがこんな言葉を残しています。『今売れるものを作るのであればそれでいい。だが世代に残る良いものをつくる事が、結果的には安価なのです。』
そしてもう一人こんな言葉を言った人がいます。
『修理が出来るものが最上のものである。』(ムッシュ・デュマ前エルメス社長)要するに、それをただ新品のように綺麗に直せれば良いのではなく、その何十年と使ってきた色や風合いの通りに直せる事。それが最上の商品を提供できる我々の義務だ、とデュマ氏は言っているのです。
今日本で起きている現象としてファストファッションがある。シーズンで捨てていいという考え方もあるのでしょうが、そういうファッションと、日本を含めてこれまで築いてきたファッションというのは根本的に違う次元の話のように思うのです。いつの時代にも、“いいものが残る”のは事実。しかしいいものを求めている人がどんどん減っているなぁとも感じていて、そこには一抹の寂しさを覚えています。

□講座の最後に
もうかれこれ25年位前の事になりますが、未だに忘れられないお客様がいらっしゃいます。その方は私がYohji Yamamotoの社長をやらせてもらってる時、新店舗のオープンで帰国しており、たまたまそのショップにいた時の事です。
20代前半位であろうお客様が来店され、販売員スタッフが気がついた。「お取り置きの商品ですね」と。出してきたオーバーコートを見て、そのお客様は「そう、これです。永い間お取り置きしていただいてありがとうございます。」とお支払をされた。そしてスタッフがそのコートを袋に入れるためにたたみはじめた時、そのお客様が「ちょっと待ってください」と、そのコートを手にとり、ギュッと抱きしめてほおずりしながら、「私、本当にこのコートが欲しかったんです。嬉しい!」と涙を浮かべて仰った。そこまで一生懸命お金を貯めて、やっと今、手に入れたと。そしてそのお客様が帰られた後、私達スタッフはジーンとして、「こういうお客様に支えられてるんだよね、俺達。」という話になった。
そういう時代に戻って欲しいという話ではなく、そういうものって凄いなって思うんですよ。
私は、大事そうにほおずりしていたあの時のお客様の顔が、いまだに忘れられません。
ああいうものがまたカムバックしてくるといいなぁと思うし、色々な職業の方がいらっしゃるけれど、それぞれが頑張って、またそういうマーケットが出来ていくといいなぁと思っています。


□参加者のコメント□
 フランス目線、海外目線からの日本(古き良き日本の魅力/現代の懸念点)や世界の情勢を、小話を入れた楽しく聞きやすいお話だったので、とても勉強になりました。パリの生活・文化の違いのお話が面白かったです。

 ファッションについて詳しくないので、お話についていけるか不安だったのですが、“次のものを受け入れる力”と今のマーケット、日本のマスコミ、デザイナーとビジネスについて少し知る事が出来たり、そういう考えがあるのかと感動致しました。

 海外での生ビジネスのお話を聞けて大変勉強になりました。自分の課題意識を整理することが出来ました。

 内容がビジネスだけに留まらず、海外での生活や今後の日本のデザイナーのあるべき姿を詳細にトレースしていただけ、大変役に立つと思います。

STUDIO MASTER PROFILE

斎籐統 / 実業家

斎籐統 / 実業家

1980年、ヨウジヤマモト社の要請により同社のフランス支社である
Yohji Europe(ヨウジ ヨーロッパ)社を設立し、同ブランドのヨーロッパ・アメリカ進出を手掛ける。

ヨウジヤマモト社はこの海外進出の成功により「世界のヨウジ ヤマモト」としての地位を確固たるものとした。

以降15年間同社社長を務めた後、
1997年にはイギリスのラグジュアリーブランド「JOSEPH(ジョセフ)」に日本進出における総責任者として招聘され、
JOSEPH Japon(ジョセフ・ジャポン)社社長に就任。

全国の百貨店を中心にブランドを展開し、
近年のヨーロピアン・ラグジュアリーブランドブームの立役者となる。

2007年にはイッセイミヤケ社のフランス支社であるISSEY MIYAKE EUROPE(イッセイミヤケ・ヨーロッパ)社の招聘を受け、同社社長に就任。


またメンズプレタポルテのサロンを主催するCasabo(カサボ)社 社長などを歴任する一方で、
日仏企業や学校との情報交換・提携推進に尽力し、
フランスIFM(Institut Francais de la Mode)及び日本IFI(Institute for the Fashion Industries)間の橋渡しを行い、
研修制度の導入を実現。自ら講師も務める。

更に、フランスのアタッシェ・ド・プレス養成校であるエファップ(EFAP:'Ecole francais des attach' es de presse)の日本校設立にも携わり、教育・文化事業も手掛ける。


その他にも、ファッション・ショールームの新スタイル創設とクリエイター・デザイナー達への支援を行うNo Season(ノーシーズン)社 社長、
日仏企業間のコンサルティングを行う Asian European Consulting Company の創設者かつ社長でもある。


ヨーロッパのファッション及び文化に対する多大な功績が認められ、2008年5月にフランス芸術文化勲章を授与される。

経歴
.1973年、リヨン大学留学のため渡仏。
.1978年、日仏間の情報交換を主な業務とするSaveline(サブリンヌ)社を設立、同社社長に就任。
.1980年、ヨウジヤマモト社のフランス支社であるYohji Europe(ヨウジ ヨーロッパ)社社長に就任。
同時期にヨウジ ヤマモトUK、ヨウジ ヤマモトUSA、ヨウジ ヤマモト ジャポンの各社社長も兼任する。
.1994年、ヨウジヤマモト社社長を退任。
.1996年、Exil S.A.(エグジル)社社長に就任。
マルセル・マロンジュ(デザイナー)とそのブランドのプロモーションを行う。
.1997年、JOSEPH Japon(ジョセフ・ジャポン)社社長に就任。
.1998年、Casabo(カサボ)社社長に就任。
メンズプレタポルテのサロンを主宰。
.2000年、IFM(フランスモード学院)と日本のIFI(ファッション産業人材育成機構)とのビジネススクール提携(交換留学)を推進する。
.2002年、Exil S.A.(エグジル)社社長を退任。
.2003年、Casabo(カサボ)社社長を退任。
.2005年、JOSEPH Japon(ジョセフ・ジャポン)社社長を退任。
.2007年、イッセイミヤケ・ヨーロッパ社社長に就任。
.2008年、フランス政府より芸術文化勲章を授与される。
同年、神戸ファッションコンテスト審査委員長に就任。
.2009年、イッセイミヤケ・ヨーロッパ社社長を退任。
.2010年、神戸芸術工科大学客員教授に就任。

タイトル部分ポートレイト撮影:齋藤 統磨氏