CLASS REPORT

Vol.094 2010/04/15 太田 伸之/株式会社イッセイ ミヤケ 代表取締役社長JAPAN CONTENTSFASHION

Vol.094 2010/04/15

Think Global,Act Japanese vol.1

開催日時

2010/04/15(木) 19:00〜21:00

Think Global,Act Japanese

□□□バックレポート□□□
Think Global,Act Japaneseシリーズ第1弾!
社会環境の変化が著しい現代、これからは日本独自のデザイン力を活かし、日本文化や日本の美意識から生まれる「デザイン」を、アジアをはじめとして、世界へ発信する事を目的するこのシリーズ。栄えある第一弾のゲストスピーカーとして、イッセイミヤケ代表取締役社長 太田伸之さんにお越しいただきました!

太田氏の歯に衣着せぬトークには、ユーモアも多分に盛り込まれ、現場主義であり、日本におけるものづくりや若手デザイナー育成にかける想い、情熱が強く伝わり、会場にいた誰もが夢中にさせられた120分。
前半は「日本のアパレル業界とものづくり」を軸とした、太田氏の経験談や今の見解を。
後半は太田氏と参加者の方々との質疑兼意見交換という講座スタイルで、質問やそれぞれの考え等、白熱したトークが繰り広げられました。
現在のアパレル業界、クリエイションとビジネス、日本文化、売場の見方、アートとファッション、会社の経営、個性や生き方など…内容は多岐に渡り、太田氏はそのひとつひとつの話題を、丁寧に掘り下げて語ってくださいました。
そのほんの一部ですが、トーク内容をご紹介します。

■日本のものづくり
『安くするだけじゃなく、もっと価値を上げる方法はないのか?』
日本はこれまで、味わいのある良いものを沢山つくってきた。ここ最近、そのモノづくりを支えてきた会社・工場の倒産や会社をたたむという出来事を数々耳にし、非常にショックを受けている。
産業革命は毛織物を自動にしたのが出発点で、そこから世界の工業化が進んだ訳だが、その裏で多くの作り手が失業し、結果、凄いウールを造っていたイギリスは、今は自国でウールを造れなくなってしまった。アメリカのデニムやポリエステルも然り。‘工業よりも商業’と、世界中のどんどん安い所へ生産を移してしまって、儲ける事に走ってきた国は結局、折角良い伝統があるのに自国で物が造れなくなった。日本も今、その危機にあります。
残念ながら、ファストファッションに過剰に反応した人達が、安いものをつくりたいが為に、中国で原料調達やものづくりを始めたので、段々日本生産量が減ってきて、日本中のモノをつくる人たちがギブアップし、今、日本のものづくりが危機寸前にきている。
そして、中途半端に安くし、中途半端な商品をつくる事で、お客様も不満足で買ってくれない。
イッセイミヤケは、今も自分で産地に行って、織物・素材を見つけてきては「なんとかこれを世に出したい」と、なるべく日本の中でモノをつくろうとしている。高度な刺繍、その国の職人ならではのハンドメイドなど、日本でつくれない物なら仕方ないが、日本で出来るものは日本でつくろうよ、と。
理事をしているJFWでは、毎シーズン海外ジャーナリストのインタビューを受けるが、大抵「何故、政府が応援しているの?」と聞かれる。その答えは“日本のものづくりに火を消さないため”です。
日本の中で、職人達と一緒に仕事をする事が、気がついたら服に日本の文化・香りが出てくる訳で、日本人のデザイナーがパリのデザイナーと同じ様なものをつくってても駄目だよね。そのためにも、ものをつくる背景がないといけないし、それを我々は守っていかないといけない。

■若手のインキュベート
海外に出て行くと、COMME des GARCONS ・ Yohji Yamamoto・ISSEY MIYAKEの話ばかり。そろそろ違う名前がほしいよね。JFWでは、次の世代を育てたい、開花させたい、卵を孵化させたいというのが一番大切な目的。もうひとつは国際化。何故若手をインキュベートしたいかというと、どんどん新しい人が出てこないと、日本のファッション文化はどこかにいってしまう。その為にも、若手にチャンスをあげたいが、今の世の中の環境が育てにくくしている。
当時は、「この人面白い事やってるから、何とかしようよ!」と思う経営者やバイヤーが沢山いた。今はそういう環境がない。売れるのか?で判断される事が多すぎる。
川久保玲さんも、三宅一生氏も、最初は皆苦労した。だけど、それを解ってやれる人達がいた。今、そういう大人がいなくなっている。生地屋もメーカーにも百貨店にもセレクトショップにも。それなのに、若いデザイナーが出てこないとふざけた事を言う。だったらそういう環境をつくってやってほしい。
そして、若手のデザイナーへは、最低限自分の意思が繋がる位でいいから英語を話せるようになって、海外バイヤーにビビるなと言いたい。JFWはひとつの機能だから、その後どこへ行こうが構わない。ただ、ちゃんとやりなさい、と。過去、沢山のデザイナーがパリに行ったが、ほとんどのブランドが空になって帰ってきた。ショーをやらなくたって、サンプルを見てもらえば良い訳で、身の丈にあった事をやればいいんです。

■メッセージ
僕はこれまでに仕事を転々としています。自分がやりたい事がしっかりしていれば良いのであって、人が何言おうが構わないんですよ。それはファッションにも同じ事が言える。私には私のスタイルがある。世間がどう思おうが、会社が何を言おうが、自分がハッピーならそれで良いんです。その代わり、「ちゃんと仕事してる」と言える事が重要。僕は社員の誰よりも、売場をよく歩いています。PCと向かい合って、エクセル人間になると、何か表をつくっただけで仕事をした気になるが、それは違う。売場に行かないとわからない事が沢山あるんです。だから是非皆さんも、まず自分ありき。時代の空気を吸って、かつ自分を見失わないこと。
自分で納得いく仕事をしていたらそれで良いし、納得できなかったら、仕事変えればいいんです。今年の新入社員にも言ったのですが、「会社に入ったからには早くプロになれ。ずっとうちの社員でいる必要はないんだから。」と。“プロになってる”と自覚を持てる自分になれる事が大事で、同じ会社にずっといる事が大変な事とは僕は思いません。
是非皆さん、自分の性格にあったやり方を見つけて、自分の仕事をきちんとやっていくという事を大事に、頑張ってください。

■参加者のコメント
・太田先生のお話を聞くのは2度目なのですが、前回以上に面白いお話を聞けましたし、講演者と参加者の距離が近くていいなと思いました。
・業界が違うので、どうかなと思って来たのですが、新しい価値観に触れる事が出来、非常に刺激を受けました。
・2時間の短い時間で、非常に内容の濃いお話が聞けて良かったです。日本のものづくりのクオリティーを守っていく事が如何に大切なことなのかを学べました。
・初参加だったが、歯に衣着せぬトークで良かった。個人としての見解と、経営者としての見解の両方があって良かった。
・色んな考えが浮かび、明日、明後日、今週…今年のモチベーションが上がった。
・ビジネスやアパレルの世界についての話も去ることながら、日本文化について詳しくお話を伺えたので、とても楽しかったです。
・ありきたりな話ではなく、太田社長の考え方が聞けて面白かったです。


※JFWとは?
日本の繊維・ファッション産業の発展や、海外に日本の優れた繊維・ファッションを発信することで、東京がアジアの中心的なファッション発信拠点とすることを目指す機関です。



【関連HP】

株式会社イッセイ ミヤケ 
http://www.isseymiyake.co.jp/
JFW
http://www.jfw-o.jp/about/index.html




STUDIO MASTER PROFILE

太田 伸之/株式会社イッセイ ミヤケ 代表取締役社長

株式会社イッセイミヤケ
太田伸之 略歴

1977年明治大学経営学部卒業と同時にマーチャンダイザーを志してニューヨークに渡る。フリーランスジャーナリストとして活躍、繊研新聞NY通信員を7年間務める。
ほかに、BARNEYS NEW YORKのコーディネイター、大規模紳士服見本市NAMSBのマーケティングディレクターなどを通じ日米ファッションビジネスの橋渡し役を演じる。
1985年帰国してC.F.D.(東京ファッションデザイナー協議会)を設立、東京コレクションの運営や若手デザイナーの育成、I.F.I.ビジネススクールの設立に奔走する。
1995年C.F.D.議長を辞し、松屋の東京生活研究所の専務取締役所長に就任、バイヤー教育とマーチャンダイジングの指導を行い、松屋の大規模リニューアルを手掛ける。
2000年からイッセイミヤケ代表取締役社長に迎えられ、2年半百貨店と取引先デザイナー企業兼務という珍しい立場を経験する。
2002年11月からイッセイミヤケの経営に専念。現在、日本ファッション・ウィーク推進機構理事。著書『ファッションビジネスの魔力』。